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緊急停止ボタンなんて絶対に押させない。これこそが勇気ってもんだろう。【空気に抗おう】

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ども、くろっくです。

先日こんな記事を見ました。

 

 

状況だけ軽く整理すると....

・本当に重病で吐いてるのであり、決して酔っ払いなどではない。
・この相鉄線急行で起こった区間二俣川から横浜間。15分止まらない。
・こういう状況の中、1人の女子高生が「停止ボタンを押して!」と呼びかけるも誰も応じない。最終的に女子高生が停止ボタンを押す。

 

 「停止ボタンを押す呼びかけに誰も応えないのはどういうことか?」と物議を醸しています。

 

確かに。

こういう状況ならば緊急停止ボタンを押しても問題ないとは思います。

 

しかしNHKの記事からは「緊急停止ボタンを押すのは崇高な行為である」みたいな雰囲気が感じられるのが気持ち悪いです。

停止ボタンを押すことなんて崇高な行為でも尊い行為でも何でもありません。

 

 

というか状況が1つでも変われば、逆に「緊急停止ボタンを押す行為=むしろ害悪行為」と変わってします。 

 

 

酔っ払いの可能性が高ければボタンを押すべきでない


ツイートの例では「本当に重病で吐いてるのであり、決して酔っ払いではない」という状況でした。

これが「見たところ酔っ払って吐いてるだけである可能性が高い」に変わったらどうか?

 

緊急停止ボタンを押そうだなんて論外。言語道断です。

 

酩酊者が出るたびに停止ボタンを押していたらキリがない。
もちろん本当に重病である可能性もあるんだけど、その僅かな可能性が発生するごとに乗客全員の時間を奪おうだなんて害悪行為も甚だしい。

まあ停止ボタンを押すのはやりすぎであって、普通に次の駅に着いたら下ろすというのが妥当でしょう。

まとめると「酔っ払いの可能性が高いたった1名よりも他の大多数の乗客の時間を尊重すべき」という状況です。

 

 

次の駅まで残り1~2分ならばボタンを押すべきでない


あとツイートでは「走行区間が長く15分止まらない」という状況でした。

これが都内の電車のように「全ての駅が2~3分の間隔で収まっている」という状況に変わったらどうか?

 

これも停止ボタンなんて押すべきではありません。
たとえ重病人が苦しんでるとしても、次の駅のほんの数分を粘ってもらう以外にない。

 

というのも、「走ってる途中で電車を止めて何をしようってんだよ?」って話で。
例えば「車掌さんが医療知識をもっていて途中で運転作業を止めて医療作業に入る必要がある」とかなら話は分かるんだけど、現実は全くそんなことは無いわけで。

どのみち担架などで運ぶならば、途中ではなく駅についてから運んだほうが早いに決まってます。

まとめると「苦しんでる人を本当に助けたいならば駅まで我慢すべき」という状況です。

 

 

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ボタンを押さないのは見映えが悪い

 

ここで厄介なのは、「ボタンを押さない主張」の世間体は醜いことです。

 

酔っ払いの可能性が高い人物が倒れてる、という車内の状況。

ここで「停止ボタンを押しましょう!」というバカが現れたら?

「いや、どうせ酔っ払いなんだから無視しましょう!」なんて反対するには非常に勇気がいります。非常に見映えが醜いからです。

 

あるいは、本物の重病人が苦しんでいるが「残り1~2分でホームに着く」という状況。

ここで「停止ボタンを押しましょう!」というバカが現れたら?

「どうせあと1分で着くんだから我慢して待ちましょう」なんて反対するには非常に勇気がいります。あまりにも外っ面が醜いからです。

 

 

特に後者のように、ガチで命の危険がかかってる状況。

本当にその人を助けたいのならば1分我慢して駅に着いてから運ぶべきであって、途中で止めたりなんてするべきではありません。

ほとんどの乗客もそんなことには気付いてるはずです。

 

ここで「停止ボタンを押そう!」なんていう人がいれば、いわゆる"無能な働き者"です。

「誰もボタンを押さない中で押しちゃうこんな俺♡」と自己陶酔したいだけでしょう。
あと停止ボタンを能動的に押すことで仕事した気になれて自己満足にも浸れますからね。

つまりは、こういう奴が騒げば騒ぐほどに命の危険が高まるし、あげくに他の乗客の時間まで奪われるわけです。

 

 

こういう無能には絶対にボタンを押させない。

これこそが本当の勇気ではないでしょうか。

 

 

 

 

美しき悪手と醜き最善手

 

ここに2つの選択肢があります。

 

1つは、美しき悪手です。(=停止ボタンを押す行為)
表面だけ見ると実に耽美で世間体が良い。自分が善人のように錯覚できてしまう。
とはいえ「非効率でマイナス行為」というのが実態です。

 

もう1つは、醜き最善手です。(=停止ボタンを押させない行為)
パッと見だと卑小で狭量に見えてしまうので見映えが悪すぎる。まるで自分が悪人かのような後ろめたさを感じてしまう。
とはいえ「客観的に見て正しい」というのが実態です。

 

我々はついつい安易な美しき悪手に流されがちです。

後者の醜き最善手を選ぶのはとんでもなく勇気がいるために難易度が高いからです。

 

 

この二者択一の選択肢。

電車内の重病人の例だけではありません。

私生活やビジネスにおいてもたまに遭遇するはずです。

 

例えば、皆が残業するのが当然という空気の中であえて自分だけ定時に帰る。

例えば、ハンコ文化の非効率組織に対して「もうヤメましょう」と内部から主張する。

これらの行為は"醜き最善手"ではあるものの大いなる勇気を要します。

 

僕も含めて、集団の空気に1人で抗うというのは非常に難しいわけです。

たとえ「抗うことが最善手である」と分かっていても実行するのは難しい。

"美しき悪手"に流されるのがラクで簡単ですからね。

 

 

まあ醜き最善手を打つことが難しいにしても、「やすやすとは美しき悪手には流されないぞ」という反骨精神ぐらいは持った方がよいのかもですね。

 

最後に補足すると、NHKの女子高生の例は本物の重病人っぽい上に駅間隔も15分あります。
この場合は急行で飛ばすはずの駅に緊急停車するほうが良いかもしれないので、記事で言う「美しき悪手」には該当しませんからね。
むしろ、この女子高生がとった行為は「美しき最善手」なのかもしれません。

 

 

では、ここらへんで。

 

 

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